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  HOME 診療日記(在宅ホスピス編) 『愛していると伝えたくて』
  2011年 2月 15日 (火)

『愛していると伝えたくて』


退院へ向けて開かれた会議の席で医師が患者さんの妻に尋ねる。

「家に連れて帰って何をしてあげたいですか?」
「言うのはタダだから、叶えたい希望を幾つでも言ってみてください(笑)」

退院するのは胃がん・肝転移末期の60代の夫。
昨年の12月に再入院し、化学療法を受けたものの副作用が強く治療を断念。
数日前から意識障害があり夢と現実の狭間で傾眠状態である。
妻は涙ながらに、ゆっくりかみ締めるように話し出した。

「まずは家に連れて帰りたい・・・帰らせてあげたい。そして、ぐっすり眠らせてあげたい」
「点滴を抜いてメリハリのある生活にしてあげたい。少しでも意識がハッキリしてもらえたら・・・」
「口から食べられると嬉しい。夫は外食が好きだった(笑)」
「入浴させてあげたい。訪問入浴に入れてあげたい」
「布団のすぐ隣りにコタツがあるのでそこに座らせてあげたい」
「そして・・・できる限り長くいっぱい一緒に居たい」

「でも一番は・・・痛く、苦しくなく過ごしてさえくれれば・・・」
「本人が帰りたいと言っていたので、帰れれば良いです」
それが一番の望みだと、妻も娘も涙ながらに退院を決断した。

「1週間勝負です」
「家に帰ったことがわかってもらえると良いですね」医師もその決断を受け入れた。

〈帰宅日〉
意識障害が強く、ほとんど呼びかけに応答できず
ケイレン発作があり薬を用いた
その結果、翌朝までぐっすりと眠り続けた

〈2日目〉
意識状態が改善。表情もしっかりして会話ができるようになる

〈3日目〉
念願の入浴。体中ピカピカに磨きあげられた
「あ〜気持ち良い〜♪」の連発
娘にもらったミッキーマウスのパジャマに着替え
昼食に出前でラーメンをとり、数口食べた

〈4日目〉
妻と娘に支えられてコタツまで歩き
座椅子に座り、娘さんの差し出す氷を美味しそうに食べた
妻と娘とピースサインで写真撮影会
夜には妻の作ったカレーも食べた
妻、娘、孫、父、弟夫婦、近親者みんなに会えた

その日の夜から急激な意識障害が出現。昏睡状態となり、永い眠りにつく。
「信じられない・・・」「嘘のような4日間だった・・・」妻は本人を前にしてポツリ呟いた。


退院時の身体の状態を振り返れば、お風呂に入って喜ぶ姿も、娘さんに氷を食べさせてもらう嬉しそうな姿も、奥さんとピースサインを力強く出す姿も、全部奇跡のような日々だった。

妻はその時間を振り返り
「あっという間だったけど、痛い苦しいを言わずに逝けたので、夫には良かったのですよね・・・」

「いつもは絶対にそんなこと言う人じゃなかったのに、『ありがとう。ありがとう』って毎回言ってくれたの」
「そしてね、私に『愛している』って言ってくれたのよ」嬉しそうにはにかむ。


家族が家に連れて帰ったのは夫のため。
夫が家に帰りたかったのは家族に愛と感謝を伝えるため。
最後の力を振り絞って奇跡を起こしたような・・・
そんな大切な時間は、妻の胸に永遠に残ることだろう。


by万里





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