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  HOME 診療日記(在宅ホスピス編) 『妻として・・・ 母として・・・』
  2011年 11月 29日 (火)

『妻として・・・ 母として・・・』


「抗がん剤は辛いけど全く治療をしないのも不安なの・・・」

さち子さんは夫と娘2人の4人家族。
抗がん剤を継続するには、さち子さんの身体はギリギリの状態だったが、自分を支えてくれている家族の為にも治療を諦めきれない心の内をゆっくり噛み締めるように話された。
家族全員が、さち子さんの身を案じながらも、抗がん剤を継続するか否かの狭間で悩んでいた。

そんな悩む気持ちに寄り添いながら訪問を続けたある日、
「緩和ケアとは末期(死ぬ間際)のことだと思っていたが、色々話を聞いてそうではないことが少しずつわかってきた」
「出来るだけ家族に迷惑をかけず、家で普通の生活がしたい」と、抗がん剤を止めて緩和ケアを受けながら最後まで家族と家で生活することを決断された。

朝目覚めればリビングに移動。
身体がおおごとでも家族との時間を大事に、横になりながらも自営業の夫の事務仕事の手伝いや家の手伝いをこなし、夫の食事の心配や外出する娘に気遣いの声をかける姿が見られた。
そんな、さち子さんの姿は病人というよりこの家を支える妻であり、母である貫禄が漂っていた。

娘たちは母のために何ができるかを各々考え、姉は父の事務仕事を母から引き継ぎ、妹は大学院を休学し母の為の食事作りや母の好むお菓子作りを率先して行い、介護と家事業を分担して母を支えていた。

家族揃って出かけた伊香保温泉旅行ではたくさんの笑顔の写真をアルバムに収め・・・
母の為の手作りのミニコンサートでは、母に宛てた手紙を読み、感謝の気持ちを伝え・・・
それはまるで結婚式で読む『花嫁の感謝の手紙』の様。
「ごめんなさい」「ありがとう」と、「お母さん大好き」が入り混じった手紙。
「数ある愛情の中でも、母親の愛に勝るものはありません」と母を労う言葉。
さち子さんは娘2人を愛おしそうに見つめながら、読み上げられる言葉に目頭を押さえた。


徐々に病状は悪化し、下半身は浮腫みでパンパンとなり、ほとんどベッドで過ごすことが多くなったが、娘達は交代で母に付き添い、時にはマッサージを、時にはトイレまでの移動の介助を行い、母と過ごせる日々を惜しむように傍で見守り、大切な時間を過ごした。

亡くなる2日前にはさち子さんの部屋で家族全員一緒に食事をして一家団欒の時間を持ち、看取りの際には家族全員が揃った中で、静かに静かに息を引き取った。

娘2人に化粧され、綺麗な顔をして眠るさち子さんの表情は、病気やこの世の苦から開放され、まるで優しく慈悲深い観音菩薩のような穏やかなものだった。
2人の娘は母の傍で、「見て、お母さんかわいいでしょ」と泣きながらも満面の笑みを見せ、家族全員穏やかな看取りとなった。


母として2人娘の将来を案じ、妻として夫の仕事や会社のことを案じ、病気と闘いながらも家族の事を思いやる強さがさち子さん自身の闘病生活の支えとなっていたのかもしれない。

by万里





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