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  HOME 診療日記(在宅ホスピス編) 「父の教え」
  2012年 7月 19日 (木)

「父の教え」


* 患者さんの娘さんより手紙を頂きました。



緩和ケア診療所・いっぽの皆様へ


父を看取ってから早いもので、もう1週間が過ぎました。初七日を終えた今も、お線香をあげに立ち寄って下さる方々が絶えず、父の存在の大きさを改めて感じております。
 

今回自宅で父を看取ることができたことは、家族にとっても、そして当の父にとっても大変幸せだったと思います。父は、亡くなる1週間前まで自分の足で歩き、3日前まで口からものを食べ、前日まで母や私を呼んでくれました。点滴の針も、バルーンカテーテルも、酸素マスクもなにもつけず、苦しむことなく、家族に見守られながら静かに息を引き取りました。最後まで父らしくいられたのは、自宅にいたからこそと思います。


そして、それは、いっぽの先生方と看護師さん達の支えがなければ、到底なしうることではありませんでした。今振り返ると、節目節目で、皆様に教え導いていただき、なんとかゴールにたどり着けたように思います。


いっぽにかかるようになったのは、がんの診断から半年が過ぎ、だんだん父が痛みや不安を訴えることが多くなった頃です。日に日に元気がなくなっていく父を見ているのがつらく、体と心の痛みをケアしてもらいたいという一心でした。


訪問が始まってすぐ胆管に入れていた管が閉塞し、A病院でステントを挿入しましたが、痛みがひどく、ろくにものも食べられない状態で退院となりました。「麻薬なんて飲んだら最後。食べると痛みがひどくなるから何も食べたくない」と言っていた父に、萬田先生はひとつひとつ丁寧に麻薬の効用を説明してくださり、痛みをコントロールできれば、まだまだ普通に生活できると、父を励ましてくださいました。


それから父は、麻薬を使い、自分で痛みをコントロールするようになり、食事や仕事もできるようになりました。年の瀬の除夜の鐘つきでは、寒空の中、私と一緒に日付が変わるまで甘酒を配ってくれました。お正月の2日は、近くの温泉に入って家族とゆったり過ごすことが出来ました。正直、A病院を退院した時は、このような穏やかな日々がもう一度訪れるなど、思ってもいませんでした。

 
2月の終わり頃から、だんだん認知がおかしくなってきました。日付や曜日、数字がめちゃくちゃになり、何かに没頭して何時間もそれにかかっていても、ひとつも出来ていないということが目につくようになりました。また足のふらつきがひどくなり、杖をついて歩くようになりました。それでも3月8日の高齢者の免許講習はなにがなんでも行くと言って、こちらの心配をよそに、知能検査や運転技術の検査を見事クリアし、免許を更新することができました。


そしてA病院を離れる時が来ました。その少し前に、萬田先生、佐々木さんとお話する機会を持たせていただきました。この先、どうしたいのか。自宅で過ごすのか、病院で過ごすのか。父の気持は自宅と決まっていましたが、正直それを支え切れる自信がありませんでした。そんな私たちを見て、萬田先生が「自宅に最後までいられるだけで、90点ですよ。」とおっしゃいました。この言葉が、私たちの背中を押してくれました。A病院の最後の診察時、「これからは、抗がん剤の治療はかえって体に害を及ぼすのでやめます。A病院で治療することはなくなるので、これからはいっぽの先生に診てもらってください。」と言われました。人によっては「さじを投げられた」と受け取りかねないこの言葉を、私たちは「ようやく煩わしい受診から解放されてよかった」と受け止めました。信頼するいっぽの先生と看護師さんがついているのだから、不安は感じませんでした。


A病院の受診が終了してから看取りまでの1カ月間が、本当の戦いの日々でした。睡眠リズムはめちゃくちゃ、移動や排泄の介助はもとより、何をするかわからないので一時も目が離せない、また認知状況が悪くなっている半面、感情は冴えわたり、母への要求とそれが思い通りにいかない時の言葉による暴力はエスカレートしていくばかりでした。私は寝床を父の部屋の近くに移し、音がする度に起きて、父の相手をしました。昼間一人で家事と父の世話を担っている母に、夜くらいはゆっくり休んでもらいたい一心でした。


しかし、だんだん母の心も折れてきました。145cmの母の体に180cmの大男がもたれかかり、体が思い通りにならない苛立ちを全てぶつけてくる状況は、あまりにも過酷でした。ただ救いは、そんな母のSOSを皆様がすばやくキャッチしてくださったことです。「お母さんが困らないように」と声をかけてくださったことが、どれだけ母の励みになったことでしょう。


ケアマネさんやデイサービスの方々ともうまく連携してくださり、皆様に「支えられている」ことを心から実感しました。


デイサービスの方々には、本当によくしていただいて感謝の気持ちでいっぱいです。ターミナル期に入ってからの利用でしたので、利用を勧められた時は、正直もう遅すぎるのではと思いました。しかし、意外にも父はとても居心地がよかったようで、ディに行く日を楽しみにしていました。お習字やピンシャン体操の先生をさせていただくなど、父にできることをうまく引き出してくださり、灰色だった父の時間が色付けされたように思えました。この時期に新たな楽しみが見つけられたことは、家族にとっても大きな救いでした。


ケアマネさんにも、大変お世話になりました。日々状況が変わる中、ディサービス、ヘルパー支援、歩行器、ベッドとタイムリーにサービスの提示/変更をしていただきました。

 
今、在宅療養を選択して、本当によかったと思います。色々反省点はありますが、90点はもらえたんじゃないかなと思います。月並みですが、家族の絆も深めることができました。死が間近に迫った父と同じ空間に、生命力あふれる子供達がいてくれることは、私の心のバランスをとるのに大いに役立ちました。子供達なりにがんばってくれたし、たくさんのことを学んでくれたと思います。


私の一番の学びは、どんな状況にあっても「望み」はあるということです。「今できること」をしていれば、何らかの光が見えてくるということです。そして皆様の献身的なサポートが、私たちに前に進む力を与えてくださいました。

  
まだまだ、言葉は尽きませんが、長くなりましたので終わりにしたいと思います。
最後に、皆様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。



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