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  HOME 診療日記(在宅ホスピス編) 「灯りと共に歩む先に」 本願寺新報7月1日号に掲載された法話です。
  2013年 10月 10日 (木)

「灯りと共に歩む先に」 本願寺新報7月1日号に掲載された法話です。


灯りと共に歩む先に   
           布教使 艸香雄道

 母の病気が明らかになったのは、昨年の春の頃でした。すでに治療が難しいほど、病気は進んでいました。

痛みだけを和らげる治療を進めることとなり、在宅で緩和ケア専門の先生にお世話になることとなりました。
 自宅での療養でしたから、病気が進行して体力がなくなっていく様子がよく分かります。

夏を過ぎ、秋になりいよいよ動けなくなりました。
食事もほとんど受けつけなくなり、水も飲めません。

 その頃、私は一週間ほど泊まりがけで布教に出かける予定が入っていました。
 「もしかしたら、母の往生にあえないかも知れない・・・」との思いで、覚悟しつつ「行ってくるからね」と話しかけました。
 母は絞り出すように「気をつけてね」といい、いつものように私を送り出してくれました。
 重体の母を気遣い、心配して、「行ってくるからね」と声をかけたつもりが、その母に心配されていたとは・・・。

 最後になるかも知れない母の言葉を噛みしめながら、車を走らせました。
親の思いは、いつも子供の心を越えているということでしょう。

 布教に出かける二、三日前、往診に来られた先生から一枚の紙を渡されました。
先生は、「大丈夫。お母さんはきっとうまく着陸できますよ」とおっしゃいました。その紙には、母の命が終わっていく過程で、心と体に起こりうる変化について丁寧に書かれていました 母が往生したのは、布教を終えて寺に帰った翌日でした。静かな静かな臨終でした。家族全員で、お念仏を称えさせていただきました。

 「穏やかな往生でした。うまく着陸できたのは、先生とスタッフ皆さんのお陰です」というと、先生は「それは、私やスタッフの力ではありませんよ。家族の皆さんが、お母さんにがんばれ、がんばれといわなかったからですよ。がんばれといわれたら、お母さんはもっとつらかったと思いますよ」とおっしゃいました。

 先生の「大丈夫」という言葉は、なくなっていく母の気持ちに寄り添うゆとりを、私たち家族に与えてくれました。

 人生を飛行機に喩えると、離陸が誕生で、着陸が死ということになります。その間は、まさに順風満帆な時あり、暴風雨の中の飛行ありと、様々でしょう。そして、着陸する時、ゆっくり高度を下げる着陸もあれば、急降下もあるでしょう。

 飛行機が順調に飛んでる時は、何も心配ありませんが、突然揺れ出したりすると急に不安な気持ちが起こってきます。
 しかし、「気流の変化で揺れることがありますが、飛行には問題ありません。当機は、順調に飛行を続けています。」と機長のアナウンスが入ると、不安な気持ちが晴れていきます。

そして、飛行機は目的地に向かって高度を下げ、点々と輝く誘導灯をたよりに着陸します。

 阿弥陀様が、お浄土を用意して下さる。この命を引き受けて下さる。そのお心が、「南無阿弥陀仏」となって、私に届いています。 その時その時に口からこぼれるお念仏は、灯りであり、その灯りに導かれてお浄土に向かいます。念仏と歩む人生を、親鸞聖人は「私とともに参りましょう」とお誘いになっておられます。





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